広島市議会議員(安芸区)

幻に終わった日朝国交回復

 いい顔、ふやそう。沖宗正明です。
 
 わたくしとと親交のある元参議院議員の石井一さんが「グリーン上の政治家たち」を著しました。多くの政治家たちの楽しいエピソードが満載です。世界約50の国と地域でおおむね600回、合わせて約3000回プレーしたとのことです。写真を見ると、シングルプレーヤーらしく素晴らしいスィングです。
  

 田中角栄の側近であった石井さんは角栄とのラウンド繰り返しました。角栄ロッキード事件での憂さを晴らすためにゴルフに熱中したと述べています。角栄のゴルフはスコアよりスピード重視だったそうです。60歳の夏には、軽井沢でなんと1日に4ラウンドをこなしたそうです。涼しい軽井沢であるとはいえ、カートに乗らず、ひたすら歩いて72ホールを回るとは。角栄の体力と気力は想像を絶します。

 
 興味深い章がありました。石井さんは1990年の金丸、田邊(社会党委員長)訪朝団に同行して平壌に行きました。平壌ゴルフ場で田英夫さんとラウンドしたエピソードもあります。北朝鮮にゴルフ場があることも驚きでした。9月26日、金日成主席が突然に「金丸先生と二人だけで話をしたい」といいました。二人だけの「金・金会談」の場で金日成主席は金丸に対して、日朝両国の国交正常化を提案しました。韓国に「漢江の奇跡」をもたらした、1965年の日韓条約に基づく有償3億ドル、無償2億ドル、民間融資3億ドル(当時のレートは1ドル360円)を念頭に置いたものです。戦前の植民地支配への事実上の賠償と同様の経済支援を望んでいたのです。石井さんは諸手を挙げて賛同し、「吉田の講和、佐藤の沖縄、田中の中国、そして金丸の北朝鮮。これで金丸先生の名前は永遠に歴史に残ります」と語っています。富士山麓での国交回復の調印という青写真は、米国の横槍もあって訪朝団の帰国後またたく間に露と消えたそうです。あのとき日本が自主外交を貫き、独自の判断で日朝国交正常化を成し遂げていたら、今のような不正常な敵対関係はとっくに解消し、拉致や核開発問題も大きく様相が異なっていたであろうと述べています。歴史のイフの一つでしょう。