広島市議会議員(安芸区)

少なくなった5文字の読み方の四股名

 いい顔、ふやそう。沖宗正明です。

 大相撲も今日が千秋楽です。結びの一番、貴景勝対琴勝峰は大きな盛り上がりとなるでしょう。

 以前は、力士の四股名はほとんどが5文字の読み方でした。5文字が耳ざわりも良く、座りも良いと思っていました。双葉山貴乃花若乃花武蔵丸北の富士玉ノ海北の湖千代の富士・・・・・。

 現在の貴景勝や大栄翔、琴勝峰は仮名では7文字ですが、読んだ感覚から5文字に含めます。

 もちろん、例外もありました。大鵬柏戸朝潮、輪島、寺尾・・・・。

 そこで、現在の幕内力士を見ると、42人のうち、5文字は照ノ富士を始め過半数をわずかに上回る23人でした。

 阿炎、宇良のように2文字もあり、もはや5文字に拘る時代ではないのでしょうが、やはり私にとっては四股名は5文字が良いと思います。

今日の中国新聞社説はひどかった

 いい顔、ふやそう。沖宗正明です。

 

 韓国の尹大統領が元徴用工問題の解決案を示しました。私はここで国際法日韓基本条約については述べません。しかし、今日の中国新聞社説はあまりにもひどかった。内容を抜粋します。

 

 「日本が傍観するだけでいいとは思えない」。

 「従軍慰安婦に関する15年の日韓合意は韓国内で反発を招き、白紙化された二の舞は避けなくてはならない」。

 「日本は韓国との関係改善に取り組んでこなかった」。

 「日韓合意の白紙化や元徴用工問題を「韓国の内政問題」として突き放した」。

 「輸出管理で「ホワイト国」から除外するなどした制裁措置は大局観を欠いていたと反省すべきだろう」。

 

 最後に、こう結んでいます。

 「忘れてならないのは、元徴用工問題は日本の植民地政策が引き起こしたという重い事実である。先の戦争を招いた反省を土台に謙虚に向き合わねば、冷え切った日韓関係を本格的に改善できるはずがない」。

 

 一体どこの国の新聞なのか?事実誤認も甚だしい。サンデーモーニング青木理と同レベルの反日的な内容を堂々と社説で述べるとは呆れ果てました。

大学入試で監督官を務めた思い出

 いい顔、ふやそう。沖宗正明です。

 大学入学共通テストが行われています。私が岡山大学の入試を受けたのは、もう52年も前のことになりました。初日の2日前に39度の高熱を出しました。おそらく広島からの列車で風邪を移されたのでしょう。宿の近所の内科で注射と投薬を受け、翌日に熱が下がったのは幸運でした。

 京都から来た受験生と同部屋でした。彼は一浪で、受験の注意点を教えてくれ、大変に参考になりました。また、この年はひどい寒さでした。当時は、昼休みに受験生は建物から出され、寒空で震えたことを覚えています。

 

 さて、卒業して研修医の時代だったと思いますが、入試の監督官に指名されました。医局長からの依頼であったと思います。これが大変な重労働でした。ただ受験会場を一日に数時間ひたすら歩き回るだけで、読書などの暇つぶしをすることも許されません。二度とやりたくない役回りでしたが、自らの経験から、受験生に心の中でエールを送りました。受験生の皆さん、がんばれ!!!

元宇品小学校の校庭からクジラが見えていました。

 いい顔、ふやそう。沖宗正明です。

 大阪湾に迷い込んだクジラが死んだとのニュースがありました。餌のない浅瀬では自力で海に戻らないと危ないとは思っていましたが、予想どおりでした。

 クジラについては懐かしい思い出があります。小学校3年生の時ですから昭和38年のことです。当時元宇品には水族館がありました。現在のリーべリアの場所です。ここでは海水プールや動物園もあり、多くの客で賑わっていました。インド象の曲芸も楽しみでした。

 そんな中で、水族館にクジラがやって来ました。おそらくマッコウクジラだったのでしょう。水族館は山上の元宇品小学校の校庭からよく見えましたので、昼休みには挙って見たものです。潮吹きが見られた時には歓声が上がりました。  

 ところが、クジラにとってはあまりにも狭かったのか、あるいはクジラを飼育するノウハウがなかったのか、間もなく死んでしまいました。1か月も生存していなかったと記憶しています。今でもクジラが水族館で飼育されている例は聞いたことがなく、クジラを入れたこと自体が無謀だったのかもしれません。

 クジラのニュースを接するたびに蘇る思い出です。

日本は塩の輸入大国

  いい顔、ふやそう。沖宗正明です。

 

 海に囲まれた日本は塩が無限にあると思っていませんか?実は日本は塩の輸入大国です。工業用を含めて自給率はわずかに11%です。

 メキシコとオーストラリアから8割以上を輸入しており、とくにメキシコからは年間350万トンを輸入しています。

 私の母が旧日本専売公社に勤めていたので、タバコと塩と樟脳が専売品であったことを覚えています。このうち樟脳は合成樟脳が開発されたことから1962年に専売制から外れました。タバコは1985年に、塩は1997年に専売制が廃止されました。

 塩の輸入で思い出されるのは、呉共済病院に勤務していた時のことです。飲み屋で知り合った外国人の船員たちが40~50日ごとにメキシコから岩塩を江田島沖まで運んできていました。ある日、酔った勢いで本船に遊びに行きました。呉から艀で約1時間かかりました。本船では24時間休みなしで岩塩の積み出しが行われていました。デッキから覗くと、はるか何十メートル下方でブルドーザーが塩を運び出しており、その迫力に圧倒されました。

 朝まで船員たちと飲み明かし、楽しい時間を過ごしました。一晩中、つたない英語で会話していると、日本語、英語、日本語という思考回路が、日本語を経ずに英語だけの回路になった初めての貴重な体験を得ました。