広島市議会議員(安芸区)

まるで千両みかん

 いい顔ふやそう。沖宗正明です。

 きょう基本構想・基本計画特別委員会が開かれ、今後10年間の広島市のまちづくりの方向が決まりました。基本計画は第6次となります。

 さて、昼間のニュースで早生みかんの初セリの様子を見ました。瑞々しくていかにも甘くおいしそうです。驚いたのはその値段です。1箱25個入りで258万円。一個1万円以上です。まるで落語の「千両みかん」です。

 

 千両みかんは、六代目古今亭志ん生が得意としたネタです。大店の若旦那がみかんを食べたくて寝込みます。これを聞いた番頭が安請け合いしますが、時季は真夏で、みかんなどあるはずがありません。番頭は大旦那から、倅が死んだらおまえは主殺しで磔になると脅され、必死にみかんを探します。ついにある店でたった1個みかんが見つかります。言い値は千両。大旦那は息子の命が救えるならと千両を出します。持ち帰って皮をむくと中には10袋入っています。1袋百両です。

 若旦那はいくつか食べた後、両親や妹にお裾分けします。三袋を預かった番頭は、これだけで三百両かと思うとやりきれません。自分の退職金でもせいぜい50両しかありません。

 志ん生は、「長い浮世に短い命、エーイってんで、番頭はみかん三袋、三百両を持って夜逃げしたてえます」と落として笑いを取ります。

 きょうのニュースはまさに千両みかんでした。

新型コロナウィルス抗体は陰性でした

  いい顔、ふやそう。沖宗 正明です。

 一昨日受けた新型コロナウィルス抗体検査は陰性でした。検査結果を知らせる書類の末尾には次のようなことが書いてありました。

「検査結果が陽性の場合は、所管の保健センターに相談されることをお勧めします」

 これは、抗体が作られていてもウイルス自体が少量でも体内に残っている可能性があり、これが息を吹き返す危険性があるためです。

 陰性であったことを喜ぶべきなのでしょう。

麻疹が流行の処女地をなくすまで5000年かかった

 いい顔ふやそう。沖宗正明です。

 

 新型コロナウィルスが今後の社会を変えそうです。早い収束を願っています。

 最近読んだ「感染症と文明」は眼から鱗が落ちるような書でした。内容が豊富過ぎて書ききれませんが、ふたつの事柄を紹介します。

 

1.まず麻疹が流行の処女地をなくすまで5000年かかったことです。感染症が社会に定着するためには最低でも数十万人の人口が必要といわれています。それ以下の人口では流行は単発的に終わります。数十万人の人口を保つためには農耕が始まり文明が起こることが必要です。麻疹が最初の流行したのは紀元前3000年のチグリス川とユーフラテス川にはさまれたメソポタミア文明だと言われています。そこから流行を繰り返して世界に広がりました。人口動態に影響を与えるほどの大流行は1951年のグリーンランドが最後です。つまり、麻疹は5000年かけて世界に広がりました。航空機の発達などによって世界が狭まり、地球上で集団免疫を獲得したからです。

 

2.地球上から消えようとしている感染症があります。たとえば天然痘は完全に消え去りました。現在天然痘ウィルスはWHOの厳重な管理のもとにアメリカとロシアの研究所に冷凍保存されているだけです。奈良の大仏天然痘の流行の終息を願っての事でした。

 成人T細胞白血病も消え去ろうとしています。これは平均の潜伏期が50~60年という長さからです。もしもこの潜伏期が70~80年に伸びたとしたらどうでしょう。ウィルスに感染しても発病せず完全に共生し、天寿を全うできます。エイズも同様です。HIVに感染しても潜伏期が長ければ発病せず、何の害もありません。

 さらに著者は示唆に富んだことを述べています。つまり、病気を起こさないウィルスは新たなウィルスがヒト社会へ侵入することの防波堤になっている可能性があるということです。大腸菌は稀に病気を起こしますが、我々は完全に共生しています。ヒトは無菌では生きられません。

 

 今回の新型コロナウィルスもいずれ共生できるようになってほしいものです。ぜひとも一読をお勧めします。ちなみに著者の山本太郎は「れいわ新選組」とは関係ありません。

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週明けの東京株式市場は急騰する

 いい顔ふやそう。沖宗正明です。

 まさかの数字でした。アメリカの5月の雇用統計です。事前の予想ではマイナス440,000人でしたが、プラス225,000人の大幅なポジティブサプライズでした。これを受けてニューヨーク株式市場は日本時間の12時50分現在で1000ドル近くの急騰です。週明けの東京市場も急騰し、新型コロナウィルスの影響が出る前の水準近くに戻るでしょう。しかし、このレベルは明らかに経済復旧を見越したものであり、バブルと言えます。とはいえ、バブルは投資家が高所恐怖症を抱きながらも、乗り遅れたくないから起こるものです。しばらくは実体経済の水準以上の株価が続くでしょう。投資家の端くれとして怖い思いです。週明けの建玉をどうするかゆっくり考えます。

唱歌「我は海の子」の歌詞の素晴らしさ

 いい顔ふやそう。沖宗正明です。

 先日、故郷の元宇品の海岸を歩いているとき、唱歌「我は海の子」を口ずさんでいました。歌詞は全て覚えていませんが、自分の幼い頃の思い出と重なって心が洗われるようでした。

 この唱歌は1910年(明治43年)発行の文部省尋常小学読本唱歌』に始まります。作詞・作曲者は不明とされています。歌詞は以下の通りです。

 

 我は海の子白浪(しらなみ)の さわぐいそべの松原に、 煙(けむり)たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家(すみか)なれ。

 

 生れてしおに浴(ゆあみ)して 浪(なみ)を子守の歌と聞き、 千里(せんり)寄せくる海の気(き)を 吸(す)いてわらべとなりにけり。

 

  高く鼻つくいその香(か)に 不断(ふだん)の花のかおりあり。 なぎさの松に吹く風を いみじき楽(がく)と我は聞く。

 

 (今の教科書では、以下は載せていません)

  丈余(じょうよ)のろかい操(あやつ)りて 行手(ゆくて)定めぬ浪まくら、 百尋(ももひろ)千尋(ちひろ)の海の底 遊びなれたる庭広し。

 

  幾年(いくとせ)ここにきたえたる 鉄より堅(かた)きかいなあり。 吹く塩風(しおかぜ)に黒みたる はだは赤銅(しゃくどう)さながらに。  

 

 浪にただよう氷山(ひょうざん)も 来(きた)らば来(きた)れ恐れんや。 海まき上(あ)ぐるたつまきも 起(おこ)らば起れ驚(おどろ)かじ。

 

  いで大船(おおふね)に乗出して 我は拾わん海の富 いで軍艦(ぐんかん)に乗組みて 我は護(まも)らん海の国

 

  2番までしか覚えていませんが、素晴らしい歌詞です。1番では「こそ」と「なれ」の係り結びとなっています。わたくしは2番の歌詞が好きです。意味が分からなくても歌っているうちに日本語の良さが身についてゆくのでしょう。

 最近は学校で教える唱歌は少ないようです。スマップの歌などよりはるかに大切に思えます。