広島市議会議員(安芸区)

日本も元寇記念館を造ればいい

 いい顔、ふやそう。沖宗 正明です。
 今朝、ベランダに桜吹雪が舞っていました。遠山の金さんの彫り物のように華やかではありませんが、風情を感じました。まもなく桜も散り始めます。


 産経新聞の朝刊に、南京市が「慰安婦記念館」の建設を計画していることが報じられていました。「またか」という情けない想いです。ありもしないことを中国と韓国が協働して反日の材料にしています。
 

 長崎県対馬壱岐には「モクリ」「コクリ」という言葉があります。モクリとは蒙古、コクリとは高句麗、つまり朝鮮を意味します。子どもが泣き止まないときや、いたずらが過ぎるときに「モクリ・コクリが来るぞ」というと途端に大人しくなります。秋田のなまはげのようなものです。
 これは文永、弘安の役、いわゆる元寇の時に蒙古と朝鮮の連合軍がいかに残虐な行為をしたかを物語っています。対馬壱岐の男性は手に穴をあけられて船べりにつるされました。女性は髪をくくりつけられて船べりにつるされました。当然、上陸した連合軍が住民に対しても同様の残虐行為を行ったことは想像に難くありません。対馬壱岐の住民たちにはその時の恐怖がDNAに刷り込まれているのです。東北地方でも蒙古がなまった「モッコ」という言葉がモクリ・コクリと同じように使われています。九州地方での恐怖体験が東北地方にまで喧伝されたのでしょう。
 弘安の役の前に若き執権、北条時宗は蒙古の使者を切り捨てました。しかし、礼を尽くして鎌倉の寺に手厚く葬り、毎年命日には菩提を弔っています。この話に感激した横綱朝青龍が墓参に訪れたエピソードがあります。


 中国や韓国が反日を続けるなら、対抗策として、日本は、対馬壱岐や横浜、神戸の中華街の前に元寇記念館を造って残虐行為を針小棒大にアピールする方法もあります。しかし、日本人はそんなことはしません。それが日本国と日本人を、それたらしめている美徳でもあるでしょう。